1997年7月にはじまった仙台城本丸石垣の発掘調査では、数々の注目すべき成果が
あがりました。とくに現存石垣(三期石垣)の裏側から伊達政宗築城期にさかのぼる
二つの時期の旧石垣(一期石垣・二期石垣)が出土したことは、仙台市民に対するか
けがえのないプレゼントとなりました。
一方、仙台市は、三期石垣東北隅に艮櫓(うしとらやぐら)を建設する計画を進め
てきました。私たちは、仙台市あるいはその周辺に在住・勤務する歴史の研究者とし
て、この計画に大きな関心をよせ、内容を検討してきました。その結果、見逃すこと
のできない大きな問題点が含まれているという見解をもつに至りました。ひとつは、
発掘調査によって艮櫓が三期石垣の東北隅に建っていたという前提が崩れたことであ
り、もうひとつは、艮櫓の建設工事で一期石垣が破壊される危険性が高くなったこと
です。
そのため私たちは、2000年1月以来、在仙の七つの歴史学会から数度にわたって
共同提出された要望書や意見書の趣旨に賛同し、2000年9月20日付の河北新報に
掲載された意見広告「史実に基づいた仙台城の復元を」においても、計画への懸念
と私たちの意見を表明してきました。この問題は、市民的な関心も呼び、マスメディア
でも大きくとりあげられました。
そのような最中の2000年11月14日、仙台市長は、三期石垣東北隅に艮櫓を建設する
という「判断」を公式に表明しました。
この市長の「判断」では、私たちが指摘した問題点がまったくかえりみられていま
せん。それにもかかわらず、「一期石垣の本質的な価値を揖なうことなく、艮櫓の建
設を進めることが可能である」と断定され、「艮櫓にふさわしい形として大方の市民
が持つイメージ」を尊重して三期石垣上に櫓を建てると一方的な表明が行われている
のです。このような論法で現存しなかった櫓のねつ造がおこなわれるならば、将来に
大きな禍根を残すことになるでしょう。
私たちは、市長「判断」によって問題の最終決着がついたとは考えません。問題点
が鮮明になり、市民的関心が一層高まってきたいまこそ、仙台城の歴史的・文化財的
価値を守るため、歴史研究者の立場からあらたな運動を展開したいと考えます。
「仙台城の石垣を守る会」(略称「守る会」)は、このような趣旨のもと、2000年12月
に結成されました。市民のみなさんとともに学びあいながら、運動を進めていく所存です。
このホームページも、私たちの主張や活動をお知らせするとともに、多くのみなさんから
ご意見をいただくために作成しました。仙台城石垣問題に関心を寄せるみなさんの交流
の場としてご活用ください。
*「仙台城石垣の保存を願う研究者共同のホームページ」として開設し、「守る会」
の情報も載せてきた「仙台城石垣保存問題のページ」
(http://www.sal.tohoku.ac.jp/~tyana/ishigaki/index.html)は、石垣保存問題全
般をあつかうページとして一層、充実させていく予定です。本ページともどもお引き
立てをよろしくお願いいたします。