二〇〇一年度から五ヵ年計画で、仙台城跡の全体像を明らかにするための学術調査が始まったことは歴史学関係者として、また市民として大きな喜びです。この学術調査に国庫補助が付いたことは、仙台城跡が仙台市民のみならず、国民が共有すべき歴史遺産として文化庁が認識したことを示しています。
今年度は本丸御殿の大広間跡の発掘が行われて、建物の礎石跡などが発見されるなど、重要な成果が得られたと、「文化財せんだい」などで報知されております。今後、学術調査が積み重ねられていくことによって、仙台城跡の遺跡としての豊かさが明らかにされ、国指定史跡としての条件が整えられていくことに大きな期待が膨らみます。
しかし仙台市長は、二〇〇〇年一一月一四日の「仙台城艮櫓復元事業の進め方について」という市長見解において、「艮櫓は、三期石垣の修復と併せて、その北東角に建設する」との決定をくだしました。その後設置された艮櫓復元検討委員会では、市長のこの方針を受けて、艮櫓の建設を進めていくことが明らかにされました。
こうした動きに対して、歴史学・考古学・文化財関連の在仙学会および全国学会などから、@三期石垣の上に艮櫓は存在しなかったこと、A艮櫓建設に伴うコンクリート杭は三期石垣の背面から見つかった伊達政宗時代の石垣遺構の一部を破壊すること、B艮櫓の規模形状が分かる資料や遺構が残存しておらず、計画中の艮櫓の基本設計は「復元」ではなく新規建造物であること、といった強い批判が出されてきました。にもかかわらず、仙台市は当初方針に固執して艮櫓の建設を推進しようとしています。
そこで今回は、艮櫓に代わる歴史的建造物の復元を提案すると共に、仙台城跡の国指定に向けた市当局の取り組みについて質問をさせて頂きます。
計画中の艮櫓に歴史的根拠がないことは市当局もお認めになるところですが、もしそれを建設した場合、仙台市はニセモノ櫓を建てたとして、大きく評判を落とすことになるでしょう。おそらく市当局も、そうした不名誉な事態になることを懸念しておられることと思います。一方で、仙台城跡に市民のシンボルとなるような建造物を復元したいという考えも理解できます。
そこで私たちは、艮櫓に代わる歴史的建造物の復元を検討されることを提案致します。
仙台城跡には写真や古い図面の残されたものとして、大手門や巽門、本丸大広間など、いくつもの対象があります。大手門や巽門は、昭和二〇年に戦災で焼失するまで存在していましたので、歴史的建造物として復元可能な第一候補です。本丸大広間も、現在実施されている本丸跡の学術調査などと突き合わせれば、有力候補になり得るでしょう。そのほかのものでも、学術調査をふまえ、文化庁の指導を頂きながら検討を進めれば、復元可能なものが出てくるのではないでしょうか。
私たちは、仙台城跡の整備が、現在行われている学術調査をふまえ、文化庁の復元三原則に合致した形で進められることを強く期待しています。そのための第一歩として、行政・市民・研究者が一体となって十分な検討を行うことができるよう、新たに仙台城跡整備検討委員会(仮称)を発足させ、杜の都にふさわしい歴史(史跡)公園の策定を検討したらいかがでしょうか。仙台市がそのような姿勢をお取りになるのであれば、私たちも協力を惜しむものではありません。
国の文化審議会の委員である峰岸純夫中央大学教授は、二〇〇一年九月三〇日、仙台市で開催された「城と石垣全国シンポジウム」において、「杭(悔い)を千代(仙台)に残すな」と、艮櫓建設が石垣遺構の破壊になり、好ましくないと述べています。国指定をめざす仙台市にとって傾聴しなければならない発言でした。
そこで私たちは、改めて峰岸委員に対して、本年二月一七日付けの文書をもって、次のようにお尋ね致しました。
これに対して峰岸委員からは、二月一八日付けの文書をもって、次のような回答を頂きました。
この回答から分かりますように、峰岸委員は、艮櫓を建てると、文化審議会は仙台城跡を国指定史跡としては、絶対に認めない(「絶対に通らないのです」)と明言されております。また建設予定の艮櫓については、歴史的建造物の復元について文化庁が示した「復元三条件を満たしていないことは明らかで、再考を求めたい」とも明記しておられます。
繰り返しますが、仙台市長は、かねてより国指定史跡をめざすと公約しています。一方で、歴史的根拠のない艮櫓建設を推進しています。この両立はまったく不可能であることが、峰岸委員の回答によって明白になりました。
それでも仙台市長は、艮櫓建設を強行されるのでしょうか。
私ども「仙台城の石垣を守る会」の「仙台城の石垣保存と艮櫓建築に関する質問と要望」(二〇〇一年六月二二日)に対する仙台市長の回答(同年七月一一日)は、仙台城の国史跡指定について次のように述べていました。
国指定の可能性につきましては、文化庁の指導を踏まえ、国史跡指定に向けて 仙台城の遺構の保護に努めてまいりたいと考えております。文化庁の見解につき ましては、昨年一一月に「仙台城艮櫓復元事業の進め方」を本市が発表するにあ たり、文化庁からは「今後の事態を見守る」との見解を示されております。
ここには、文化庁から「今後の事態を見守る」との見解を得ているとあります。しかし、このたび私たちが文化庁に、「仙台市を強く指導してほしい」と要望しましたところ、「文化庁としての見解は、すでに二年前に伝えてある。市はそのときに決着をつけたと聞いている」との答えを頂きました。
そこで、私たちはお尋ねします。二年前に文化庁から伝えられた見解の内容を、具体的に明らかにしてください。
二〇〇一年一一月二二日の『毎日新聞』(宮城版)には「遺跡の復元ラッシュ」という特集記事があり、文化庁の担当者が、仙台城跡は「国史跡の重要な指定候補。価値を損なうようなことはしてほしくない」と嘆いている、といった発言が掲載され、全国に伝えられました。仙台市は文化庁から「見守る」との見解を得ているとされますが、仙台城跡は現在、国の指定史跡ではありませんので、国の立場から行政的に介入してはいけない、という原則からそのように述べているのでありましょう。仙台市が本当に国史跡をめざすのであれば、文化庁に専門的・学術的見地からの指導・助言を自主的に求めるべきであると考えますが、毎日新聞の報道をみますと、残念ながらそのような行動を取られているようには思われません。その点を仙台市の文化財を管掌する教育局(教育委員会)はどのように認識しているのか、納得のいく説明をお聞きしたいものです。
仙台城跡に類似する例として金沢城跡があります。金沢城跡は国史跡ではありませんが、国指定をめざして、その復元計画が文部科学省の文化審議会に参考としてかけられました。峰岸委員によれば、前掲のように、国指定史跡の障害とならないように工法等の改善指導がなされております。したがって国指定をめざす仙台市も、万全を期すために文化庁や文化審議会の指導・助言を積極的に受けることが不可欠ではないでしょうか。
文化庁は、歴史的建造物復元のためには、@発掘により遺構が確認できること、A指図(設計図)があること、B写真(又はこれに代わりうる絵図)が残されていること、の三条件を掲げています。これは、艮櫓建設にも当然あてはまることですが、教育局(仙台市教育委員会)は、このような文化庁の復元三条件を担当部局として当然知っておられるものと思います。知っておられるとしたら、艮櫓建設がそれに合致していないものであることを、市長をはじめとする三役や他の部局に事実として明確に伝える職責があります。こうした情報は、これまで三役や他部局に伝えられているのでしょうか。
現在、国庫補助によって行われている仙台城跡の学術調査に関連して、私たちは、仙台市が文化庁に提出した申請書と、交付決定に関する国からの通知書の情報開示を求めました。その結果、仙台市長が文化庁長官に提出した「平成一三年度国宝重要文化財等保存整備費補助金交付申請書」と、国が宮城県経由で仙台市に交付決定を通知した「国宝重要文化財等保存整備費補助金交付」が開示されました。
この「交付申請書」には、以下のような内容が記されています。
[補助事業の目的及び内容]
郡山遺跡・仙台城跡及び仙台平野の遺跡群の範囲、
性格等を究明するための調査。
[補助事業の内容]
仙台城跡の主要遺構の遺存状況を確認するための発掘調査を実施する。
これらの記述をもとに、国庫補助による仙台城跡の学術調査の意義について、文化財課長にお尋ねしたところ、「国指定のための基本資料となるような調査であり、国指定となるためには当然ふまなければいけない調査」との説明を頂きました。
これによれば、仙台城跡は国指定の対象となりうる遺跡だと市当局が認識しているからこそ交付申請したということであり、文化庁も、仙台城跡は国指定となりうる遺跡だと認識するからこそ交付を決定したということことになります。
文書名も「国宝重要文化財等保存整備費」ですから、市・文化庁ともに、仙台城跡を国指定候補になりうる重要遺跡と認識していることが、より明白になりました。仙台市・文化財課は、こうした認識をもって文化庁に国庫助成を申請したのですから、とうぜん国指定のための階段を昇りつつあるということになります。
しかし、いま経済局観光交流課が総力をあげてやろうとしていることは、その国指定の大きな障害になると思われる艮櫓の建設や、コンクリートパイルによる一期石垣遺構の破壊です。文化財課が努力して国庫補助を受け、国指定の条件整備を進めているにもかかわらず、一方では観光交流課が国指定の条件を壊すようなことをやっていることになります。
同じ市役所の施策でありながら、なぜこのように向いている方向が異なっているのでしょうか。政策の整合性をとるための摺り合わせが十分に行われないまま、各部局がそれぞれに事を進めているとしか考えられません。艮櫓を建設すると国指定の途は閉ざされてしまうことになりますが、経済局はそのことを承知したうえで艮櫓の建設を推進しているのでしょうか。 また、国指定の前提になる学術調査に国庫補助を申請し交付を受けておきながら、一方で国指定の障害となるような艮櫓の建設を進めることは、国や文化庁を欺くことになるのではないでしょうか。
仙台市長は、仙台城跡の国指定はめざすが、史跡の一部を対象とする部分指定はむずかしい、といった主旨のことを述べたことがあります。しかし、状況は有利に大きく変化しています。仙台城跡の石垣は、その価値のすばらしさが全国に発信され高い評価を得ているのですから、三期石垣を伝統工法に基づいて修復・復元し、発掘によって判明した石垣の背面構造と古い石垣がきちんと保存されるならば、決して部分指定に展望がないわけではありません。
また、最近の国指定の例も追い風となっています。大分市にある戦国時代の大友氏館は、約四万平方メートルに及ぶ広大な面積ですが、そのうちの約一万平方メートルの地域が二〇〇一年に文化庁から国指定史跡として指定されました。大友館跡の発掘調査や文献研究を通じて、館跡の重要性が認識され、大分市教育委員会をはじめ地元関係者の熱意によって、当面は部分指定というかたちで国指定に結実したのです。このような経験に学ばなくてはなりません。
前述のように、文化庁も仙台城跡を有力な国指定史跡の候補と考えるからこそ、仙台城跡の学術調査に国庫補助をつけたことは明らかです。文化庁も仙台城跡が抱える地権者の問題などは十分に承知したうえで国庫補助を付けたのですから、あとは仙台市が国指定のためにどれだけ努力をし、文化庁にその展望を示すかにかかっているのです。
国指定のためには、仙台城跡の学術調査が終わることが必要ですし、また地権者との交渉などもあって、まだ時間がかかるでしょう。しかし、仙台市には「文化財保護条例」がありますので仙台市の史跡指定をまず行うことが大事であると思われます。今ある仙台城跡それ自体が仙台市民にとってかけがえのないシンボルであり、歴史遺産であると仙台市が考えるならば、すぐにでも文化財保護審議会にかけて市の指定史跡にすることができます。文化財保護の観点が第一義的であるとする仙台市長にとって、国指定に向けての公約の第一歩となるわけです。このような方向を市当局が取られるならば、私どもは歴史学研究者として協力を惜しむものではありません。
仙台市は一九六二年に、「仙台市文化財保護条例」を定めています。その条例に基づいて仙台市文化財保護審議会が設置されていますが、一九八八年に同審議会(加藤陸奥男委員長)は「仙台城跡の保存、並びに整備・活用について」という答申を行い、国指定による仙台城跡の全面的保護の必要性を訴えています。これを受けて、二〇〇〇年四月一一日に同委員会(佐藤巧委員長)は、仙台城跡石垣修復と艮櫓建設が将来の国指定の障害とならないよう慎重に整備を進めるよう意見書を出しています。
仙台市長が仙台城跡の国指定や文化財保護に言及しておられるのは、文化財保護審議会のこうした答申を尊重してのことと思われます。たいへん重要な姿勢であります。しかし、前述した艮櫓の建設推進の動きを見ておりますと、仙台城跡の国史跡指定に向けて、障害を取り除く努力が見られないのはきわめて遺憾なことです。
国の定めた文化財保護法の第一章第二条では、文化財について、「貝づか、古墳、都城跡、城跡、旧宅その他の遺跡で、我が国にとって歴史上又は学術上価値の高いもの」等と規定しています。こうした文化財を保存するために同法は、第一章第三条において「政府及び地方公共団体の任務」として次のように定めています。
政府及び地方公共団体は、文化財が我が国の歴史、文化等の正しい理解のために欠くことのできないものであり、且つ、将来の文化の向上発展の基礎をなすものであることを認識し、その保存が適切に行われるように、周到の注意をもってこの法律の趣旨の徹底に努めなければならない。
ここには、地方公共団体の任務として、「その保存が適切に行われるように、周到の注意をもってこの法律の趣旨の徹底に努めなければならない」と明記されております。地方公共団体は、文化財を保存するために最大限の努力義務を課せられているわけです。
仙台城本丸跡や三期石垣、および新たに発見された一期石垣、二期石垣等は、いうまでもなく同法第二条にいう文化財にあたります。したがって仙台市は、これらの文化財の「保存が適切に行われるように、周到の注意をもってこの法律の趣旨の徹底に努めなければならない」わけです。
仙台市長は、一昨年一一月一四日に、「一期石垣の本質的価値を損なうことなく、艮櫓の建設を進めることが可能である」との見解を発表しています。これは一期石垣の石積み部分だけを「本質的価値」をもつものとみなし、一期石垣の背面遺構の破壊を正当化する論理にほかなりません。
なぜなら、現在修復工事を進めている三期石垣においては、裏込めや階段状石列などの背面遺構を含めた全体構造が文化財として認定され、その復元が行われているからです。これは石垣の「本質的価値」が、単に表面の石積み部分だけにあるのではなく、背面構造を含めた三期石垣遺構全体にあると、市当局が認識していることを示しています。
一方、一期石垣については、石垣遺構の範囲を石積みとその直接背後の裏込めだけとみなし、この部分だけに「本質的価値」があるとしていますので、三期石垣に対する姿勢とはまったく異なっています。しかし、さらにその背後には裏込めの玉石層が上部まで続いており、小段と呼ばれる貴重な遺構が排水施設としてその機能を現在までも維持し続けながら残存しています。艮櫓のコンクリートパイルは、この部分を貫通し破壊することになります。
このように一期石垣については、石垣の範囲を狭くする石垣の定義がなされたり、あるいは石垣構造の理解をせばめるという、ご都合主義的な解釈が行われています。これによって貴重な一期石垣遺構が破壊されるばかりでなく、三期石垣への影響が極めて大きいことを見過ごすことはできません。
また、一期石垣に関する市長見解は、石垣の「本質的」な部分の「価値を損なうことなく」となっておりますので、「本質的」でない石垣遺構部分の破壊はやむを得ないという裏返しの認識を示すものでもあります。つまり市当局は、一期石垣遺構の背面構造を一部とはいえ破壊することを認めていることになります。これはまさしく、文化財保護法が地方公共団体の任務として明確に定めた文化財保存の責務に反するものです。したがって、現在、仙台市が行おうとしていることは、文化財保護法の規定と精神をないがしろにするものと言わざるを得ません。
文化財保護の主管は、仙台市の場合、教育局(教育委員会)であると思いますが、教育局は、貴重な文化財としての一期石垣遺構が艮櫓建設によって破壊されることを、文化財保護法に照らして、どのように理解されているのでしょうか。もし文化財の破壊には当たらないと認識しておられるとしたら、文化財担当部局として重大な問題になると思われます。
文化財保護法の規定と精神を十分に尊重した文化財行政が、仙台市によって推進されることを強く求めたいと思います。
遺跡を国指定史跡とするにあたっては、地権者の同意が必要です。そのためには文化財保護という公益の観点から、地権者に対してねばり強く説得することが不可欠です。仙台城跡の主要な地権者は、仙台市のほかに、東北大学と護国神社ですが、これらの地権者に対して仙台市は、これまでどのような働きかけをしてきたのでしょうか。
護国神社については相当の困難も予想されますが、東北大学では、すでに報道されていますように、現在、キャンパスの移転構想を検討している状況にあります。仙台市が国指定史跡を実現するための協力を求めた場合、長期計画のなかで柔軟に対応してくる可能性が十分にあるものと思われます。
仙台市が地権者に対して積極的に働きかけてこそ、部分指定を含めた国指定史跡への途が切り開かれるのではないでしょうか。
私たちは、仙台市が仙台城跡を国指定史跡とするために、あらゆる障害を排除して最大限の努力をされるよう、強く期待しております。ついては、以上に述べたことをふまえて、以下の質問をさせて頂きます。お忙しいところ、恐縮ではありますが、各項目について四月一〇日までに御回答くださいますよう、お願い申上げます。
以上
二〇〇二年三月二二日
仙台城の石垣を守る会
代表世話人 平川 新(東北大学教授)
世話人 大藤 修(東北大学教授)
同 菊池勇夫(宮城学院女子大学教授)
同 菊池慶子(聖和学園短期大学助教授)
同 鯨井千佐登(宮城工業高等専門学校教授)
同 今野 眞(仙台電波工業高等専門学校教授)
同 斎藤善之(東北学院大学助教授)
同 J・F・モリス(宮城学院女子大学教授)
同 高橋美貴(東北大学助教授)
同 千葉正樹(東北大学助手)
同 柳原敏昭(東北大学助教授)
藤井 黎仙台市長殿
阿部 芳吉教育長殿